建前のクレーンがぬつと秋の空

建前のクレーンはいつもぬっとした感じで屋根の上に現れている。遠くから見ると動くでもなし、止まっているでもなし、よく見るとやっぱり動いているのかと言った感じである。先日覚えのある辺りにクレーンを見つけ、犬の散歩がてら足を伸ばしてみたら、やはり私がかつて「西東三鬼読本」をいただいたお婆さんの屋敷があった所だった。ひと目で最新のソーラー住宅といった二階建ての屋根の構造、その上に何人もの男たちの緊張した姿があった。少し離れてそれを見上げている若い男女が施主だろう。犬を連れて通り過ぎようとしたら、にこやかに挨拶をしてくれた。そういえば我家にも同じような日があったなあ、、、。(2013年秋詠)

剥落の土蔵に夕日柚子熟るる

実家の土蔵は、私が生れた年に建てたと聞かされているから、築六十三年になる。父が元気な頃に一度大きな修理をしたが、それ以後手を入れないものだから、掲句のような状態になってきた。今更直してもとも思うし、修理に立ち会うには少し遠すぎる。その土蔵の裏側に柚子の木がある。いつだったか各自治体に一億円が配られたときに、その使途としてわが古里では各家に柚子の木を植えたと聞かされた。その柚子の木が大きくなり、秋にはたわわに実をつける。実もつけるが、木も大きくなり、土蔵に当たるようになってきた。これもまた悩みの種、、、。(2013年秋詠)

マンションの競ふ高さも秋の空

岡山駅の南、厚生町あたりでの句。見上げれば建設中のマンションが何棟も秋の空に高さを競っていた。私の住んでいるこの辺りに出来るマンションはほとんど二階建、それほど需要があるとは思えないのだが、空地がどんどんマンションへと変わって行く。最近はそれも一区切りついたのか、田圃がいきなりソーラー発電所になるところも出てきた、、、。(2013年秋詠)

畦道の行き合ふところ桜蓼

9月28日に書いた桜蓼の句、老釣師にその所在を聞けば、「そこの下の草の中にちょっとだけあるけどなあ、この辺じゃあ滅多に見んなあ」と大事そうに教えてくれた。それから散歩の度に気をつけて探してみたが、確かに教えてくれた場所以外に見つからない。すっかりあきらめていた頃、ふと目をやった自宅の近くの刈入が終わった田圃の畦道の所に、、、。(2013年秋詠)

林檎剥くほつぺの赤き女子社員

昔の東北出張を思い出して詠んだ句です。会社の窓から紅く熟れたリンゴ畑が見えたり、通用口の外のリンゴ箱に規格外のリンゴが山盛り置いてあって勝手に持って帰るとか、東北訛の純朴な女子社員とか、なんとも懐かしい今では考えられないような会社、、、。(2013年秋詠)

夜の闇をきしませ野分通過中

台風が南の方を通過すると、岡山県北東部の奈義町あたりを中心に「広戸風」と言われる局地風が吹く。先日の台風18号のときも、津山地方では日暮れまで強風が吹いていた。暴風警報が出ていたのもこの県北だけだった。また次の台風19号が同じようなコースを通るらしい。さてどうなることやら、台風はひたすら通過するのを待つ他はない。掲句は昨年のこと、、、。(2013年秋詠)