待春のざわめき満ちし絵画展

図書館に行ったら近くのホールで絵画展をやっていた。津山には美術館もなく、そうそう機会があるわけではないし、時間もあったので入ってみた。絵画教室主宰で入場は無料、出展者やその知り合いや家族らしい多くの人で賑やかだった。絵はそこそこ力作ぞろいで、絵が描けない私には羨ましいものだった、、、。(2015年冬詠)

待春の瀬戸の大凪小凪かな

四国勤務のころ、毎週渡っていた瀬戸大橋、余島のパーキングエリアでの句です。遅かろうと早かろうと、とにかく余島で止まって海を見ていました。あの年は寒かった。新年から雪の中を走って行った記憶があります。懐かしいです、、、。(2011年春詠)

待春の田にひとすじの煙立つ

眠りから覚めるように、少しずつ農作業が始まっている。休日になるとトラクターの音が響き、散歩の度に起された田圃の数が増えてくる。枯れきった雑草や残った藁屑を集めて燃やすのもこの頃、田圃から立ち上る煙を見ると春が近いことを感じる、、、。(2014年冬詠)

待春や声の元気な郵便夫

私が子供の頃の郵便配達は自転車でした。朝から配り始めて、一日かけて山奥の行き止まりの家まで配るのですが、私の家に来るのがちょうどお昼頃でした。だから郵便屋さんはいつも私の家でお弁当を食べていました。お弁当を食べて一服して、家の大人たちと世間話をして、それからまた出発して行くのでした。それは配達が自転車から赤いバイクに変わるまで続きました、、、。掲句、久しぶりに「郵便です!」の元気な声を聞いた時の句、もちろん「ご苦労様!」も元気に返しましたよ、、、。(2013年冬詠)

待春の顔の優しき仁王像

昨日で十句終わりましたが、ついでに四国での句を少し書きます。掲句は別の日に一番札所霊山寺へ寄道をした時の句です。仁王門の無いお寺もありますが、あればお寺で最初にお目にかかる仏像が、阿吽の形相で門を守る仁王様ですね。霊山寺には立派な仁王門があり、その門の前には、一番札所らしく遍路姿の人形が立っていました。仁王様は、こちらの心の持ちようかもしれませんが、ちょっと愛嬌のある優しい顔をされていました。霊山寺は、「れいざんじ」と読むのかと思ったら「りょうぜんじ」と読むのでした、、、。(2011年冬詠)