遠近のいよいよ確か春雪峰

毎日遠くに中国山地の山並を見ながら散歩します。真冬の大きく見える雪山も好きですが、春先の天気の良い朝に遠くの山だけが白くなっている風景も大好きです。それは春が進むに連れて次第に遠くの山だけが雪に染まり、それによって山並の遠近を立体的に捉えられるからです。夏の間は頭の中では遠い山とは分かっていても、見た目は一枚の絵のようなものですからね、、、。(2015年春詠)

春雪や汽笛短き朝の汽車

さすがにもう降ることはないだろうとは思うのですが、天気予報では週明けからまた寒くなるそうなので、今年のお別れに春雪の句を書いて予約しておきます(3月18日)。当たるも天気予報、当たらぬも天気予報、、、。(2014年春詠)

薄氷に粉砂糖ほど春の雪

傷んだ舗装路に出来た水溜りに氷が張っている。その上だけにうっすらと雪が、ちょうど粉砂糖をまぶしたように残っている、、、。これがもう少し寒くて雪がもう少し多いと、氷の所在が見えなくなる。こうなると危ない。無意識に載ったとたんに支点を失ってひっくり返り、後頭部を強打することになる、、、。(2013年春詠)

春雪の夜の半月濡れてゐし

ついでにもう一人。私と同じぐらいの年輩らしいご婦人。手術をして杖が無いと歩けなくなったと言われながらいつも明るい方です。一日の半分ぐらいが霧に覆われる津山の冬が陰気で嫌いだと言われる。それは確かにその通りなので、聞くと鳥取の出身らしい。私は冬の日本海に陰気な印象を持っていたのですが、鳥取の冬は霧が出ても海からの風ですぐに晴れて、こんなに陰気じゃあないのだそうだ。今は慣れたし、歳を取って朝起きるのも遅いから良いけど、お嫁に来た若い頃はホントに嫌だったと、これも明るくおっしゃった、、、。(2014年春詠)

春雪の川に一羽の立ん坊

いやあ降った降った、昨日(2月8日)は久しぶりの大雪でした。ヘッダーの写真も昨日の物に替えてみました。春の雪は明るくて良い、なんて言えるのは降っても被害のない所だからでしょう。一年の半分が雪の中のような所で生活されている方々にすれば、何を馬鹿な事を!と叱られるでしょうね、、、。掲句の立ん坊は川鵜です。降りしきる雪の中で、吉井川の中ほどに覗いた岩の上に、たった一羽で川鵜が突っ立っていました。いかにも寒そう、と思うのは人間だけなのでしょうか、、、。(2012年春詠)

春雪のどこか明るさ持て降れり

勝山に「タルマーリー」というパン屋さんがあります。先入観なしで行きましたが、最近ちょっと有名なパン屋さんらしいです。御前酒の辻本店さんなどがある通りに面した古民家を改造した小さなお店で、看板がないと古い空店舗といった佇まい。古い商家の土間のあたりが小さなお店、その後にパン工房、奥の住居部分の畳みの小部屋と台所の部分に設えたカウンターが小さなイートイン・カフェとになっています。その薄暗いそのカウンターでコーヒーを飲みながら、木枠のガラス窓越しに雪の降る裏庭を眺めるのは、まるで昭和に戻ったような懐かしさでした。ちょうどパンが焼かれている時間帯で、コーヒーを飲んでいる間に三回ほどブレーカーが落ちて停電になったのも一昔前のようでご愛嬌、、、。パンも美味しかったですよ、、、。(2013年春詠)

家出猫戻らず三日春の雪

夜出してやると朝には戻って窓のところで待っている。「ゆき」はそんな猫だった。何日か帰らないことは前にもあったが、それが猫の習性と理解していた。しかしその時は違った。一日目から変な予感がして、通勤の途中に姿を捜したりした。次の日も帰らず、三日目の朝が雪となった。大きな春の雪がしきりに降っていた。なぜだか解らないが、もう帰ってこない。ふっとそんな気がした。(2011年春詠)

春雪や単線電車灯し来る

真冬に降る雪よりも春の雪のほうが記憶に残るのはそのはかなさからだろうか。掲句は姫新線の院庄駅と美作千代駅との間、降りしきる雪の中を、前照灯を灯した電車が大きくカーブしながら近づいて来るのが見えた。まるで映画のワンシーンを見るようだった。※姫新線は電化されていないので、本当はディーゼル車です。(2000年春詠)