細長い事務所の端っこ、窓を背に全体が見渡せる場所に机を置き、仕事に専念する毎日だった。と言えば聞こえは良いが、それだけではない。後を見れば窓がある。窓の向うには空が広がっている。後を向いて考え事をしている、と見えて実はこんな俳句を作っていたことを女子社員のIさんは知っていただろうか。(2009年夏詠)
投稿者: 牛二
測量士眼鏡の奥の汗ぬぐう
郊外を走っている車の中から見た景。金縁の眼鏡がいかにも測量士らしく、日焼した顔に似合っていた。つくづくと、サラリーマンで良かったと思った、暑い夏の日であった。(1999年夏詠)
吊るされて窓拭く男雲の峰
いつもの出張コース。吹田で中国道を降りて近畿道をしばらく走った辺りだったと思う。少し離れた大きなビルの窓を拭いている吊るされた男の姿が見えた。ビルの窓には空が映り、峰雲が育ちつつあった。(2003年夏詠)
後ろ手に腰の鎌抜く草刈女
プロの技です。地域の共同作業の時などに真似をしてみますが、挿した鎌が気になってしょうがない。手を切るぐらいが関の山です、、、。この辺りでも、専業で農業をされている方はほとんど在りません。(1999年夏詠)
睡蓮の下は林のごときかな
群生した睡蓮の下はどうなっているのだろうか。地上の林のように茎が林立し、葉の間から日差しが漏れて来るのだろうか。我々が林の中を歩く時のように、魚たちは頭上の光を感じながら、茎の間をさまよっているのだろうか。(2010年夏詠)
万緑やカヌーに紅き救命衣
国道53号線を岡山へ向かうと、福渡あたりの旭川で良くカヌーを見かける。私は門外漢だが、カヌー仲間では結構有名なスポットらしく、毎年来ると言う取引先の若者もいた。今日中に仕事を済ませて、明日は有休を使ってカヌーを漕ぎます、なんていうスケジュールを羨ましく思ったものだ。国道を挟んだ山の緑と川に浮ぶカヌーの、ことに救命衣の赤が鮮やか。門外漢の私にも気持ちよさそうに見える。(2002年夏詠)
くろ猫の眼の浅緑麦の秋
いつもの散歩コースに見つけた麦畑。おまけに黒猫までもがこちらを見ている。猫は犬と違い黙ってこちらを観察するだけで、決して挨拶はしてこない。こちらもあえてちょっかいは出さないが、なんとも見事な眼をした黒猫だった。(2012年夏詠)
新じやがの茹で上げてまだ野のにほひ
「新じやが」なんてのも季語なんだから俳句って楽しいですね。狭い庭の隅にコンポストを置いて野菜屑を放り込むと、時には腐りかけたジャガイモなんてのも在って、それから芽が出て、毎年のように育ちます。ただ、狭いところなのでどうしても連作障害でしょうか、だんだんと小さな薯になってしまいます。食べられそうなのを集めて茹でると何とも良い匂いですが、食べるとそうでもないのです。(1998年夏詠)
時々は甕の目高のさわぎけり
庭を掃いていると、時々水のはねた音がする。あれっ、どの甕かな?と見渡しても、どの甕の目高も静かに泳いでいるのです。またしばらく掃いていると音がする。今度こそ、と思って見るが、やっぱり静かなままなのです。こんなふうに今の私に時間は流れていきます。(2012年夏詠)
朝楽し甕の目高の寄り来れば
出勤前に甕を覗くと目高が寄ってくる。これが結構可愛い。眺めているとニ分や三分はすぐに過ぎてしまう。黒や赤や白や、最近は「ダルマメダカ」なんて言うのもいるらしい。今年は日に何度も覗くので目高も困っているかもしれないな。「餌もくれないで、いいかげんに働けよ!」と、言いたそうに見えなくもない。(2010年夏詠)