七五三待つ子が覗く社殿裏

本来の七五三は11月15日、すなわち今日なのですが、その前後でもよく見かけます。掲句は昨年の11月28日の作句日付、倉敷阿智神社です。同じ阿智神社で今年は10月23日に見ました。日が良かったのでしょうね、本殿では結婚式が、奥の若宮殿では七五三がと、神様も大忙しのようでしたよ。もちろん、その時の句もありますが、それはまた来年に、、、。(2013年冬詠)

銀杏落葉川を隔てし大樹より

通勤途中に見つけた銀杏落葉、一瞬そこに銀杏の落葉があることが不思議で、辺りを見回すと川の向うに大きな銀杏の木があった。それまで銀杏の木があることに気づかなかった。たぶん下ばかり向いて歩いていたのかも知れない、、、。(2000年冬詠)

板壁の隙間に明かり神の留守

通りがかりに見えた板壁の隙間の明かりが蝋燭の明かりのようだった。それでふと神の留守を思った。さて今年は出雲ではめでたい事がありました。きっとお集まりになった神々も飲めや歌えやの大さわぎ、宴会続きで戻ってくるのを忘れられるのではあるまいか、、、。(2012年冬詠)

日溜をただ這ふばかり冬の蜂

子どもの頃の寒い冬の日、近所の庭に落ちている大きな蜂を見つけた。全く動かないし、てっきり死んでいるものと思って、手を出した途端に親指に痛みが走った。泣きそうなぐらいに痛かったが、他にも子どもがいたので泣かなかった。結局家に帰っても叱られそうで親にも言わず、数日間ひたすら我慢した。幸い刺され所が良かったのか、見つかるほど腫れもせず事なきを得た。それでもって蜂は動かなくても触るべきではないことを覚えたが、それからも何度も蜂には刺された。今年の夏散歩の途中で久しぶりに足長蜂に刺されたら、腕がずいぶん腫れあがった。子どもの頃の免疫がなくなっているらしい、、、。(2012年冬詠)

時雨るるや木枠の窓の磨硝子

木枠の窓も磨硝子も見かけることが少なくなりましたね。もちろん機能的にはアルミサッシや色ガラスのほうが優れているのですが、下手をすると外れてしまいそうな閉めるのに苦労する木枠の窓や、割れて一部分だけありあわせの透明ガラスを入れた、隙間から北風が入ってくるような窓が懐かしいですね、、、。(2012年冬詠)

パティシエの帽子の高し木の実降る

昨日は「明日から冬の句」と書いておきながら、よく考えたら「木の実降る」は秋の季語ですね。冬に詠んだ秋の句です。岡山の喫茶店での句会、最初は「冬木立」で出したのですが、皆さんからのもう一つとのご意見で、「木の実降る」に変えました。で、角川の俳句に投稿したところ、小島健さんの秀逸に入りましたよ!句友の皆さんのおかげです。句会の前、イトーヨーカドー付近での景です、、、。(2013年冬詠)

行く秋と思へば白き風の音

早いようですがやっと今日の日がやってきました。秋は思いのほか過去に詠んでいる句が少なくて、このブログを書き続けるのに苦労しました。明日から冬の句になりますので、またしばらくは大丈夫です。一日一句のなんと難しいことよ、、、。(2013年秋詠)