宍道湖に伯耆富士浮き秋澄めり

こちらは宍道湖の秋、町内会でバスを仕立てて数年に一度の親睦旅行に行ったときの句。出雲大社に参拝して宍道湖沿いの温泉で宴会、その後どういうコースだったろう(?)帰りのバスの窓から見た宍道湖はすでに夕景に近かったように記憶している、、、。(2001年秋詠)

秋澄むや句会の窓にビートルズ

当時は時々奉還町のリブラで句会があった。リブラは一階が小さなギャラリー二階から上に句会の出来るような部屋があった。ギャラリーの前が広場になっており、その横に二階へ通じる階段が伸びていた。広場には時々弾き語りをする若い女性の姿があった。ちょうど句会が始まる頃から歌い始め、句会の間中歌声は続いたが、その声は時には句会を忘れて聞きほれるほど良く通る美しい声だった。掲句のビートルズがどの曲だったかは忘れたが、その声だけは記憶に残った。今はこの日曜日の句会は無くなり、あの歌声を聞くことも無くなったが、きっと今もどこかで歌っているのだろうと、奉還町の句会へ行くたびに思う、、、。(2009年秋詠)

柿の木のあること言へず柿もらふ

我家の柿の木は、長い間ほったらかしにしていたからでしょう、刺されるとひどい目に遭う毛虫が増えて来ました。そこで、去年のシーズンオフに思い切って大掛かりな剪定をしました。今年は生らなくても仕方ないと思っていたのですが、それでも富有柿のほうには少し実がついています。西条柿のほうは一つだけ、、、。掲句、生り年の柿を、「有ります」、の一言が言えずレジ袋でいただいた時の句、、、。(2009年秋詠)

穂芒の陰れば銀の色失せて

ずっと昔は田圃だったが、建設会社の土地になったらしく、造成されて一時は建築資材が置かれたりしていた。そのうち土が搬入されるようになり、いつの間にか小高い丘のようになってしまった。それもほったらかしで、いろいろな草が見られるようになった。草にも入れ替わりがあり、一時は月見草であったり背高泡立草だったりしたが、ここ二三年は薄が勢力を伸ばしてきた。今年は大分薄原らしくなってきた。ずいぶん広い土地なので、これが薄に覆われたら壮観だろうなあ、と楽しみにしているのは私一人だろう、、、。(2012年秋詠)

いつ見ても人なき家の実むらさき

散歩の途中の普通のお家、いつも小奇麗にされているのだが、人の姿を見たことがない。カーポートに車が入っていたことは一度も無く、壁沿いの同じ位置にいつも赤い自転車が止めてある。白いカーテンのかかった部屋はいつも静かだ。それでいて、庭は手入れが行き届いており、小さな花壇には四季折々の花が咲いている。どんな方が住んでおられるのかと、いつも不思議、、、。(2012年秋詠)

鳥渡る夕日に羽音響かせて

夕暮を歩いていると突然山陰から小鳥の集団が現れ、大きな羽音を響かせて頭上を越えて行った。唖然とする間もなく、集団は夕日に向かって小さくなって行った。こういう渡もあるのだと、一人納得して見送った、、、。(2012年秋詠)

機関区に機関車多し秋夕日

9月11日の句会から-6 おまけです。句会を終えて駐車場までJRの岡山機関区を通って帰ります。大きな整備工場に夕日が当っています。工場の外には広い敷地に何本もの線路があり、整備待ちと思われる機関車がたくさんとまっています。どれも少し疲れて見えるのは、秋の夕方だからかも知れませんね、、、。これで9月11日の句会は終りです、、、。(2013年秋詠)