日に一句叶わぬことも心太

一日一句として年に三百六十五句。その中の、自分で俳句と思えるものが三分の一として、百二十二句。さらにその中で共感を得られるものが三分の一として、四十一句。これぐらいは残せるでしょうか。ところがどっこい、この一日一句、難しいですね。心太は好きでも嫌いでもありませんが、心太のように、押せばにょろにょろと俳句が出るような方法はないものでしょうか。(2011年夏詠)

網戸して路地へつつぬけ厨事

狭い路地に面して台所があり、勝手口がある。網戸をしようがすまいが、筒抜けと言えば筒抜けなんだが、、、。このお宅、いつも濃厚な美味しそうな匂いが食欲を誘い、娘や孫娘の体型からもその味の良さが想像できた。ご主人はいつも赤ら顔で、いかにも酒が強そう。夏にはステテコ姿で、家の前を流れる用水を汲み、そこらじゅうに打ち水をされている。怖そうなので、会釈だけで通り過ぎることにしていた。(2011年夏詠)

時鳥たちまち遠き声となる

私が過ごした学生寮は小高い丘を切り開いた林の中にあった。夏になるとうるさいぐらいに時鳥が鳴き交し、お盆を過ぎると波のように蜩の声が押し寄せた。とある夏の夜、疲れた眼を癒そうと窓を開けた時、赤っぽい夏の月に向かって鳴きながら飛んで行く時鳥の姿が見えた。こんな事ってホントにあるんだと、ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れるの歌を思い出した。今でも夜に時鳥の声を聞くと、時々この時のことを思う。(2011年夏詠)

路地多し同じ揚羽にまた会うて

岡山市庭瀬城址吟行での句。古い家と新しい家が混在する路地の多い町だった。家が途切れると畑があったりして、路地好きにはたまらない。ぐるぐる折れ曲がって行くと、あれっ、さっき見た揚羽だ、どこかに近道が、、、。(2011年夏詠)

葉の戦やがて花へと杜若

そろそろ作楽(さくら)神社の杜若が咲く頃かと見に行ったら、堀の向こう側からカメラを構えた女性に声をかけられた。「すみません、サンケイ新聞ですが・・・」おっと、しまった!まわりを見回しても他に誰もいない。しかたなくインタビューに答えたが、「お名前は?」と聞かれるので、平日にうろついているのは俳人ぐらいかと思い「渡辺牛二」と答えておいた。定年退職者の同朋諸君、平日の行動には気をつけよう。ちなみに見頃は次の日曜日(13日)あたりと思われます。※今年(2013年)はなぜか全滅に近い状態になっています。花は望めそうにありませんのでご注意ください。(2011年夏詠)

洗濯の終る音して春の月

電子音のするもの、洗濯機、冷蔵庫、湯沸しポット、炊飯器、体重計、、、、。先日も突然鳴り出したピーピーという警戒音に、二人して探し回ったが、とうとう何の音だか分からずじまいになってしまった。結果として何事も起こらなかったので良しとした。この洗濯機は二十年物で、たえずガタガタと大きな音をさせながら働いているが、終ったときには優しい静かな音がする。早く言えば、間延びした一時代前のデジタル音ということだが。(2011年春詠)

日々の音こぼるる路地や豆の花

好きなものの一つに路地がある。路地には生活の音が溢れている。もちろん静かな路地もあるが、それは異次元への通り道のような路地で、そこを抜けるとツンと澄ました表通りとは違った世界が広がっているのである。路地を抜けると通りがあって、さらに次の路地があって、さらに通りがあって、というような迷子になりそうなところは特に好きだ。掲句は岡山市庭瀬城址吟行での句。新しい家と古い家が混在する住宅街、家の間を抜けると小さな畑があり、豌豆の花が咲いていた。日曜日の朝の音が零れていた。(2011年春詠)

伸ぶるだけ伸びて土筆の痩せにけり

今年も土筆のシーズンになりました。手はかかるけど美味しいですね。採ろうかな採ろうかなと思っているうちにこんな風になってしまった会社の正門脇の植栽の中の土筆。遊休地だらけの会社でしたので、土筆はそこらじゅうに生えました。で、時々昼食時に、「会社の土筆、食べます?」と、ちゃんと料理したものを頂きました。「いつ採ったの?」なんていう野暮な詮索はもちろん無しです。(2011年春詠)

たうたうと春の水吐く土管かな

会社までの徒歩20分の距離は句作にはちょうど良い距離だった。田圃の側を通り、国道を渡り、また田圃の側を通る。住宅地に入りしばらく歩くと数メートルほどの路地がある。ここを抜けるとまた国道に出、信号を渡る。ガソリンスタンドの側を通り、高速道路のガードをくぐると会社だった。田圃の脇には用水が流れ、四季それぞれの様相を見せる。そんな一こま。そろそろ田圃のシーズンが始まる。(2011年春詠)

梅東風やべらたしらすにぽち二つ

高知で言うところの「ノレソレ」を岡山では「ベラタ」と言うらしい。その稚魚「シラス」。倉敷美観地区吟行での昼食で初めて頂いた。例によって「これは何ですか?」という句仲間の質問、お店の方の「ベラタシラスです」という歯切れの良い声。小さなガラス器に盛られた「べらたしらす」には点を打ったように小さな目が二つ透けて見えた。酢味噌で頂く。美味。(2011年春詠)