倉敷市の安養寺での句、朝は寒かったなあ、大きな鐘の音に身体の底のほうがぶるぶるっとして、とたんに寒さが逃げていったような気がしました。紅を通り越した黒のような色の椿がきれいでした。それと鶯の正調のホーホケキョの声も見事でした。鶯の鳴き声にも訛りがあることに気づいたのがこの日でした、、、。(2010年春詠)
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しつかりと胸に赤んぼ柳の芽
人波をさっそうとすり抜けて行く子守帯(と言うのかな?)で胸に赤ん坊を抱いた若いお母さん、イトーヨーカドー岡山店の外、西川から流れてきた小川にかかる橋の上で見かけた景です。赤ん坊とお母さんの一体感がなんともかっこよかった、早春の一こまでした、、、。(2013年春詠)
金毘羅往来猛犬注意梅の花
早島を歩くと「金毘羅往来」の文字、由来を読むと江戸時代に香川の金毘羅さんへのお参りに使われた道とのことだった。往時を偲びながら歩いていると、昔ながらの立派な門と塀に囲われた古い屋敷に行き当たった。高い塀越しに梅の花が見える。門の木戸は閉じられ、横の通用口の所に「猛犬注意」と書かれた白いプラスチック製の板が貼られていた、、、。(2012年春詠)
くもりなき空に塔あり揚雲雀
国道429号線を倉敷へ走っていると田圃の向うに見える五重塔に、ついつい寄道をしたくなる。時間も無いのでと、南側の駐車場から眺めるだけにしたが、それでも雲ひとつ無い空と五重塔と揚雲雀と、いにしえに想いを馳せるには十分な風景だった、、、。(2013年春詠)
走り出しさうに少年木々芽ぐむ
若いってことはそれだけで価値があることなんだが、気づかなかったなあ少年の頃には。今となってはどうしようもないことだが、せめて心の若さだけは持ち続けたいものだ、、、。掲句、岡山の西川緑道公園での一こま、この後のシーンの展開は読者にまかせよう、、、。(2013年春詠)
白菜の畝に細りてあたたかし
見て通る他所の家庭菜園の白菜が、見るも無残なほどにやせ細って、畝に数本残されています。ちょっと可哀そう。あのまま枯れていくのかなあ。それとも薹が立って花が咲くのかなあ。白菜の花ってどんな花なんだろう。と、毎日見ているうちに今日で二月も終わりです、、、。(2013年春詠)
掃き寄せしごみの形に斑雪
春の雪がうっすらと庭の一部を白くしている。よく見ると白くなっているのは、前日に掃き寄せてそのままとり忘れたごみのある場所だ。ちょっとした温度差なのだろう、こうして見るとまんざら悪くないなあと、取り忘れたことは棚に上げて、しばし感心した次第です、、、。(2013年春詠)
遠汽笛春の音とも叫びとも
電車もディーゼル車もひっくるめて汽車と言ってしまう。一両だけでも列車だし、警笛ではなく汽笛と言ってしまう。ということで掲句、実際は警笛です、、、。(2012年春詠)
春炬燵涅槃の底の猫の声
涅槃と言えば大げさだが、春の炬燵の中でうつらうつらしているのは「すべての煩悩の火がふきけされて、不生不滅(ふしょうふめつ)の悟りの智慧を完成した境地」に居るようなものではないだろうかと思う、、、。(2011年春詠)
中州へと渡るすべなしきぎす鳴く
川は毎年少しずつ流れを変える。近くの吉井川も十何年か前の大水の時に、リセットされたように一度きれいになったが、その時に出来た細い流れが今では飛び越せない幅になり、淵まで形成して水鳥たちの格好の遊び場になっている。その向うに広がった中州は大きな柳の木までが成長し、ちょっとしたジャングルのようになり、四季折々の鳥の声が聞こえてくる。この頃は雉の声が、そろそろ恋の季節なのだろう、時折間の抜けたように聞こえてくる、、、。(2012年春詠)