夏の間は、窓も大戸も開け放って、作業する姿が見えていた鉄工所も、秋が深まるにつれて窓も大戸も閉じられてくる。夜、残業を終えての帰宅途中に傍を通ると、閉じられた窓硝子のむこうに、溶接の青い火と飛び散る火の粉が煌めくのが見える。しばらく強く煌めいたかと思うと弱まり、また強くなる。その煌めきに合わせて、溶接の音が強くなり弱くなり、低く聞こえる、、、。(2001年秋詠)
投稿者: 牛二
閂で閉ざす社や銀杏散る
近所にある小さな神社、鬱蒼とした森の中の神社の周囲にだけ日差が降ってくるような所である。もちろん普段は宮司も居らず、お参りする人もほとんどいない。掃除も年に何度かの行事の時に行われるのみである。そんな神社なので、境内に点在する数本の銀杏の落葉が、境内やら社殿の屋根を覆いつくしてしまう。神秘的な光景がもうすぐ、、、。(2001年秋詠)
鰯雲検診車より吐出され
会社の健康診断はレントゲンと心電図の検診車、それに社内の空き部屋を使っての各種検査、最後に医師の簡単な問診と指導がある。医師は極端に若いか、現役を退いたようなお年寄りが多かった。何年も続けて同じ女性の老医師が来られたことがある。この方は、ご自分の人生経験を踏まえた、親切な若者を諭すような話し方で、好感が持てた。ある年特に相談したい事も無いので「先生、失礼ですけどお歳は?」と聞いたら「あなたねえ、レディーに歳を訊くものじゃあないわよ。八十を越えましたよ」と、笑いながらやさしく話された、、、。(1999年秋詠)
大南瓜仰せつかりし捌役
今年は裏の土手で南瓜が八個も採れました。少し遅かったので熟れ方が心配でしたが、何とか大丈夫でした。何個か食べました。何個かは貰われて行ったようです。あと数個、一つは冬至まで置いておこうと思っています、、、。もちろん、南瓜を切るのはいつも私の役目です、、、。(2010年秋詠)
子の部屋の灯りしままの夜長かな
そう言えば、こういう事もあったなあ、、、。(2000年秋詠)
去年よりコスモス増えし父の墓
父が亡くなり、一周忌に合わせて墓を作った。ついでに祖父母や曾祖父の墓の周りも周囲も整備してもらい、墓地全体がきれいになった。次の年にどこから来たのか、墓地の隅に一本のコスモスが咲いた。「きれいだね。度々も来られないないからちょうどいいね。このままにしておこうか」ということでそのままにして置いた。それから年々、コスモスは少しずつ増え続け、母の亡くなったこの年には、とうとう墓参りの邪魔になるほどになってしまった、、、。今は少しだけ残して抜くようにしています。コスモスに囲まれた墓もいいけれど、、、。(2011年秋詠)
プレハブの組合事務所ちちろ鳴く
社歴からも建てたときから中古だったのだろうと思われるプレハブの組合事務所。夏は暑く冬は寒い。入口の引戸からしてまともには開かない。閉めれば斜めに閉まって隙間が開く。入れば今にも抜けそうに軋む床。背もたれの破れた壊れかけのパイプ椅子。インクの匂う輪転機と山積みされたビラ。紫煙の渦、、、。入社したのはまだ組合活動華やかなりし頃だった、、、。(2002年秋詠)
風通るカルスト台地蕎麦の花
新見市の草間台地は吉備高原にあるカルスト台地で、国道313号線から急峻な坂道を登ったところにある。坂は急峻だが、登ってしまえば広々とした台地に蕎麦畑が広がっている、、、。入社したての頃ここに小さな外注工場があった。農家の牛小屋を改造した作業場で、近所の女性を集めて電気製品のプリント基板を組み立てていた。ラジオ放送を流しながら、話し声が絶えない仕事場だった。そこに指導に行くのだが、お昼には近くに食べるところが無いからと、母屋で社長の家族と一緒に手料理をご馳走になった(社長、お爺さん、お婆さん、社長の小さな子どもたち、それに従業員の一人でもある奥様、、、)。作業場の外には大きな柿の木があり、その下が駐車場になっていた。夕方仕事を終えて帰ろうとすると、車のフロントガラスに大きな熟柿が落ちて潰れ、四方に散っていた、、、。(2002年秋詠)
濁り水山湖の秋を隠しけり
国道429号線を通ると旭川ダムの側を走る区間がある。ここが一番の難所で、片側がダム、片側が山を削った曲がりくねった細い道で、対向車があると止って待たなければならないようなところがしばらく続く。なかなかダム湖の秋を楽しみながらとはいかないが、ちらちらと伺いながら走るぐらいは出来る。掲句、確か台風の後だったと思うが、いつもなら山の季節を映しているダム湖が上流からの土砂で濁っていた。せっかくの秋が、、、。(2011年秋詠)
山椒の実いつも鳴く犬出払ひて
徒歩通勤の途中の柴犬、毎日通るのに毎日吠えられ、それが習慣になっていた。「お前のほうが後から住み着いたのに、うるさいぞ!」と、からかってやると余計に吠えるが、しっかりした鎖で繋がれているから大丈夫。それがある日、犬小屋が空っぽになっていた。「あれっ、どうしたのかな?」と庭を見渡すと実の生った山椒の木があった、、、。しばらく行くと、お婆さんに連れられておとなしく散歩するその柴犬に出会った。いつもと違い澄ました顔をしていた、、、。(2010年秋詠)