故郷に海在らざりし小豆干す

笊に入れた小豆を転がすと海の音がする。小学校の学芸会の演劇で使った効果音はこれだった。昔はラジオや映画での効果音も、笊ではないが似たようなものが使われていたらしい。山の中で育ち、本物の海の音なんて聴いた記憶は無かったから、ラジオや映画であこがれつつ聴いていた海の音は、ほとんどがこれだったのではないだろうかと、今更ながらそう思う。(1999年秋詠)

秋晴や棚田づたひに宅配車

棚田の底の公園から見ると、上部の棚田の縁のようなあたりに民家が点在しています。その家々をつなぐように、道もまた棚田に沿って、上ったり下ったりしているのです。エンジン音に目をやると、そんな棚田沿いの坂道を見慣れた宅配車がゆっくりと上って行くのが見えました。走っているのはその車だけで、ちょうど映画のワンシーンかなにかのように見えました。<その9>(2009年秋詠)

秋日濃し二人ベンチに語らへば

一時間ぐらいは歩いたでしょうか、公園まで下りた頃には霧は完全に消え、暑いほどの秋晴になっていました。四阿のベンチでしばらく休憩です。俳句のあれこれを話していると、つい時間を忘れてしまいます。句友っていいものですね。時々「句敵」などと言われますが、、、。<その8>(2009年秋詠)

溝蕎麦や崩れ木橋の高さまで

棚田に沿う水路はやがて集まり小川となります。小川もすでに水は少なく、一面に秋草に覆われています。中でも大きく育った溝蕎麦の薄いピンクの花が群れ咲く様は、花の中に橋がかかっているようで、しばらく見とれてしまいました。<その7>(2009年秋詠)

穴まどひ逃げるが勝と隠れけり

軽トラックがやっと通れる棚田の道では、田の畦に上がって車をよけます。そこに居たのは先客の蛇でした。基本的には人間と争う気はありませんが、割り込んで来たのが好奇心旺盛な俳人とあってはなおさらです。こそこそと石垣の隙間に隠れてしまいました。案の定句友はその辺りを熱心に覗き込んでいましたが、時すでに遅く影も形もありませんでした。畦の草むらでゆっくり日を浴びて居たかったであろう蛇には悪いことをしましたね。<その5>(2009年秋詠)

かそけしや田仕舞あとの水の音

棚田沿いには道と一緒に細い水路があります。収穫が終わり仕事を終えた水路には、申し訳程度の水が流れ、小さな音をたてています。春先の勢いのある水音も好きですが、秋の歌うような細い水音も好きです。やがて長い冬の眠りにつく棚田の子守唄のように聞えます。<その4>(2009年秋詠)

草紅葉歩幅小さく坂下る

段々になって居れば棚田かと言うとそうでもなく、傾斜度が20分の1以上を棚田と言うそうです。20分の1と言うと、20m行って1m下ることになります。大垪和西の棚田はそれよりはるかに急で、ちょうどすり鉢の傾斜ぐらいはあるでしょうか。道はコンクリート舗装されていますが、すべりそうで、歩きなれていても小幅になってしまいます。なれていないともっと小幅に、、、。<その3>(2009年秋詠)

猪垣やまるで迷路の棚田道

観光案内に850枚と書かれている大垪和西の棚田は、車で行くと山道を上っていき、ちょうど棚田を見下ろす位置に到着します。見下ろした底の部分に小さな公園があり、トイレと駐車場があります。車でも回れますが、ゆっくりと棚田沿いの道を歩くのがおすすめです。農作業の邪魔にならないように、、、。猪垣も今は電気柵の時代です。昔のトタン板を並べた猪垣と違い、周囲に溶け込み違和感がありません。ちょうど迷路の行き止まりのように、時々道を遮断するように設置されていたりします。<その2>(2009年秋詠)

晴るる日の予感の霧の流れけり

秋が深まるにつれ岡山県北部では霧に包まれた朝を迎えることが多くなります。霧が深いのは晴れる日のしるしですが、霧が消えるのは遅くて、お昼ごろになってしまうことさえあります。掲句は美咲町大垪和西の棚田(日本の棚田百選)に句友を案内したときの句。着いた時には棚田全体がすっぽりと霧に包まれた寒い朝でしたが、歩き出すと待っていたかのように霧が流れ、太陽が覗き始めるのでした。その時の句を少し続けます。<その1>(2009年秋詠)

自動ドア開きちちろの声高し

「お先に」、「お疲れ様」、このやり取りを何度か繰り返すとたちまち一人きりになった。途端に肩の力が抜け、ため息が漏れる。去年の今頃は毎日がこのくり返しだった。四国への業務の移転話は、消える可能性がないことはなかったが、その確率は日毎に下がって行った。私などよりよっぽど不安であるはずの部下たちが元気に働いてくれている中で、私は一人、いつも逃げ出したい思いに駆られていた。気が付けば秋は深まり、自動ドアの外には虫の声が溢れる闇があった。(2000年秋詠)