レストランの窓際の席からは、道路を挟んで、進学塾のある小さなビルが見えた。一階はすでに灯りが落され、端っこに狭い二階への階段が口を開けていた。周辺には所狭しと自転車が止めてある。二階の開け放った窓には、煌々と灯る灯りの中で、机に向かう生徒たちの頭が並んでいた。時折教師らしい男の姿が現れ、後ろ向きに窓にもたれかかるような姿勢をし、しばらくするとまた明りの中へ消えて行くのだった。(1999年秋詠)
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軋みつつ首振る秋の扇風機
今日は処暑です。今年はとうとうエアコンを使わずに過ごしました。この軋みつつ首を振る扇風機には、今年はとりわけお世話になりました。節電にはなりましたが、頭の中はいつもボーとした状態で、結局のところ生産性は悪かったように思います。長年の贅沢病が、そう簡単に治るはずはありませんものね。(2010年秋詠)
苦瓜の触れて匂へり蔓までも
糸瓜、ひょうたん、朝顔、ゴーヤと植えてみましたが、グリーンカーテンにはゴーヤが一番でした。色合い、葉の大きさ、強さ、どれをとっても最適でした。それに収穫した実が食べられるのも良いですね。赤く熟れた実が突然にぱっくりと割れて、種が飛び出してくるのはちょっと不気味な感じがしますが、飛び出す種の周りが甘いのはご存知でしょうか。(2010年秋詠)
すがり来て蟷螂の腹やはらかし
蟷螂のお腹の中には別の生物がいるのをご存知だろうか。ちょうど輪ゴムを切ったぐらいの太さと長さの糸状で、黒い色をしている。輪ゴムのように丸まったり、伸びたり、クネクネと不気味な動きをする。少年時代には何度も見たが、見るまでの過程は書かずにおこう。(2008年秋詠)
退屈な塩辛とんぼ寄つて来い
蜻蛉の中で一番馴染みのあるのは、やはり塩辛とんぼではないでしょうか。見かけるのも良く見かけますし、蜻蛉自体もからかっているのだか、からかわれているのだか、近くへ寄って来ることが多いですね。とまっている蜻蛉に指をぐるぐる回して、頃合を見計らって、捕まえようとするとするりと逃げる。しばらくするとまた同じところに戻ってくる。やはりからかわれているのは人間のほうでしょうね。(2011年秋詠)
威銃犬と一緒に撃たれけり
午前七時、朝の散歩の心地よさに浸っていると、川向こうの田圃の陰からいきなりドーンと、その年の最初の一発が鳴り響いた。驚いたのなんの、犬と一緒に跳び上がり、心臓も飛び出しそうだった、、、。昔の威銃は風情があった。太い孟宗竹を切った手作りの筒に、カーバイトを入れ薬缶の水を注ぐ、アセチレンガスが発生した頃合を見計らって、火を点けたマッチを放り込む。ドーン!これを繰り返す。まあ大人の火遊びといった所で、子供たちは耳を押さえながら見ていた。(2008年秋詠)
城跡に赤子泣く声秋暑し
赤穂での句。いつの間にか城跡と民家が入り組んだようなところに紛れ込んでいた。板塀の向うに集合住宅らしい平屋が並び、赤ん坊の泣き声が続いていた。さて、どちらへ行ったものか、と、真昼の太陽を見上げた。(2002年秋詠)
野に咲いて朝顔藍を深めけり
朝顔は強いですね。河原に捨てられた蔓から種が落ち、それから毎年毎年河原で花を咲かせる朝顔があります。だんだんと原種に戻ってくるのでしょうか、花は年毎に小さくなりますが、栽培種の大輪には無い美しさがあります。(2009年秋詠)
すいつちよの足置いて行く青畳
開け放った田舎の家では、夜にはいろいろな訪問者があります。度々訪れるのがすいっちょ(馬追)です。しょっちゅう入ってきては、部屋の隅で突然鳴き出します。後足は太く跳躍力も強いのですが、なぜか脆く、逃がそうとしたりするとすぐに足が取れてしまいます。(2008年秋詠)
灯籠の一夜回りし灯を落とす
今年は母の初盆です。父の時は母がいましたので、母の言う通りに動いて済ませましたが、今度はそうは行きません。幸い近所にも親戚にも煩い人がいませんので、兄弟で相談して、簡単に質素に済ませることにしました。古いしきたりが悪いとは思いませんし、出来ることはやりたいのですが、なにぶんにも家を離れていると、やはり難しいことですね。(2008年秋詠)